「いつ寝てるんですか?」と聞かれることがたまにあります。2011年が始まってからずっと僕は忙しい日々を送っているのですが、それでも15分を超える組曲を一つ書きましたし、今は次の曲のスケッチを本格的に始めていて、もう20ある内の3つの楽章の構想は出来上がっています。でも、だからといって僕は別に睡眠時間を削っているわけでもなく、きちんと家族と過ごす時間もとっていますし、少ないですが友人と遊びに出る時間もとっています。 変な話、大学時代の方が遙かに辛い日々でした。あの頃と今では忙しさはまああんまり変わりません。ちなみに僕は明後日月曜から27日間一日も休日を取らずに働きます。そういうことを社会一般で口にすると、まるでそれがおかしいことであるとか、大変なことであるかのように言われます。でも、何をどう誤解しているのか、僕が大学にいた頃の日々はそんなもんではありませんでしたよ。あの頃勉強し努力していた日々には終わりが無く、休日がないのは当たり前で、それが何年も続きました。 大学の頃はいくら勉強してもその対価として僕に返ってくるのは薄っぺらい成績表と最後に貰えるたいそうな紙に書かれた卒業証書だけでした。それが一体何の意味があるのか、僕が死ぬ思い出休むことなく努力してきた報いがこんな紙切れなのか、僕はそのあまりの不条理さに卒業式を欠席しました。 少なくとも、今は働けば働いただけ見返りがあります。単純に、僕は社員や被雇用者ではないので、自己管理や保険保障に関することはすべて自分でバランスを取ってやらなければいけない、というだけの話です。同じ立場上の理由で、僕は働きすぎたからといって労働基準法に引っかかることもありませんし、その代わりに定時なんて縛りも僕にはありません。疲れているからと言って音楽をやらない、というのは僕にはどうしても出来ないことです。実際にそれをやってしまうと、個人的にそう呼んでいる"音楽欠乏症"に僕はなります。言い換えれば生きている意味を見失い、死にたくなります。 一日15分の時間を取ることは難しいことではないでしょう。その15分で出来ることはほんの些細なことかも知れません。けれども、それを毎日コツコツと積み重ね、後は曲に対する気持ちや集中力を例え曲のことを考えられない他の仕事中でも途切れず心の端っこに持ち続けることが出来れば、15分の積み重ねでいつかは曲は完成するのです。 クソ忙しいのはまあ今だけなんで、この先もこれが続くとは思えないし、きっとそういうことはないでしょう。でも、忙しいから、ということだけは音楽をやらない理由にしたくはありません。だって僕はどこまで行っても"音楽がしたい"。その気持ちに変わりがないのなら、忙しいなんて些細な問題でしかなく、やろうと思えばいくらでも音楽をすることは出来ます。 学生の頃に忙しすぎて体を壊してもそれでも音楽だけは続けました。もうこのまま死ぬかも知れないと思った辛い日々や極限の状態でも、僕は曲を書き続けました。27日ぶっ通しで働く、なんてあの頃に比べれば屁でもありません。何となく不満に感じるのは、大学時代の死ぬような努力は全く社会からは見えず、評価されず、けれども今社会に出てからちょっと大変なことをやったらそれだけで「大丈夫か?」とか声を掛けられることです。大学の頃そんなことを言ってくれた人は一人もいなかったのに、この程度で「大丈夫か?」なんて言われるだけでなんだか昔を思い出してチクチク心の奥が痛みます。
by Alfred_61
| 2011-03-05 23:55
| 日記
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