僕がアメリカで音楽を本格的に勉強するにあたり、音楽の基礎を根気強く時間をかけて教えてくれた日本人の先生がいます。この先生に色々なことを教えて貰いました。ただ理論や技術を学ぶだけでなく、音楽家として、作曲家として自分がどうあるべきか、それも特に社会の大多数が信じていることと自分の意見が違うからといって決して自分がその大多数に合わせなければいけないということはないのだ、ということを、僕はアメリカに行くよりも前に日本国内で学んだのです。 この先生はここ数年京都に住んでいたのですが、昨年末に人前での最後の演奏をし、それ以降どこにいるか分かりません。その最後の演奏に、僕は残念ながら同席することが出来ませんでした。先生は御年82歳。去年の夏頃京都でお会いした時、次の春が来る頃には京都を離れ、釧路という町に移り住んで余生を過ごそうと思う、と僕に言われました。まだ京都にいるのか、もうとっくに釧路へ移り住んだのか、もうそれは分かりません。 この先生が日本で僕に教えてくれた、"自分の意見"を持つということがまずあり、それからアメリカで作曲を習った師匠に僕が持っている"自分の意見"は決して間違っているものではなく、優れているのだからのびのびと形や社会の常識にとらわれずに表現することを教えて貰いました。この2人の先生との出会いがあり、今の僕がここにあります。他の先生達は口を揃えて「お前はもう自分の世界を持っているのだから私から教えることは特にない」と言い、諸手を挙げられました。僕という個性に正面から向き合ってくれたのはこの2人の先生だけだったのです。 今書いている曲の中に、この2人の先生達に向けた音楽の手紙があります。便せんに言葉を書き下ろしてそれぞれの先生に送り届けることは簡単ですし具体的ですが、この2人に対してだけは、僕はそういう方法ではなく"自分らしい"ことをして感謝や伝えたいことを表現したいのです。そのためには、僕が演奏するために書いている今の曲の中に、この2人への想いを表現した曲を入れよう、そう考えたのです。 僕にはきっと、言葉ではこの2人に対して自分の感じている感謝や想いをすべて表現することは出来ません。僕に音楽を教えてくれた2人の先生に、僕は教わった音楽という表現法で自分の伝えたい気持ちを表現しようと思います。 そして・・・ そして、きっとこの2人に対しては、実際に僕の演奏を目の前で聴いて貰ったり録音を届けたりするのではなく、ただ遠く離れたどこかで僕らしく自分の気持ちを演奏してゆくことが、本当の恩返しなんだと僕は確信しています。遠いどこかの空の下で、先生へ、ただその音楽を、するのです。
by Alfred_61
| 2011-03-25 23:53
| 日記
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