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現代音楽家の日記
by alfred_61 CD発売特設サイト
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僕は2004年に『クラリネット組曲』という曲を書きました。この曲はとある友人のクラリネット奏者の為に書いたものですが、これにはとても強いテーマがありました。これを書いた頃の僕は念願だったインディアナ大学作曲科に合格して、けれども何も上手くいかずにただ漠然とした不安を抱えたままただ目の前に敷かれたレールを歩く(日々の授業をこなしてゆく)だけでした。 当時僕が住んでいたアパートは半地下にあり、しかも窓は東側を向いていました。朝のかなり早い時間には日差しが入りますが、もう10時近くになると目の前にある大きな寮の陰に隠れてしまい、それからは次の早朝までずっと暗いところで僕はひたすら曲を書く毎日でした。その頃僕は自分のことを"モグラ"と呼んでいて、基本的に日の出ている時間には表舞台に出てこないと言っていました。けれどもとある日、ふと郵便局を行くという何の変哲もない理由で朝の10時頃にアパートの廊下からドアを開け、外に出たのです。その日の空は抜けるように高く、信じられないくらい真っ青でした。雲は一つとしてなく、ただ太陽が痛いくらいに輝いていました。 忙しい毎日に、いつの間にかこんな当たり前のことにも感動できなくなっていた自分を、とにかく恥ずかしく感じました。そして、その時の感動を『クラリネット組曲』の最終楽章に込めたのです。 あれからもう7年・・・8年くらいになるのですね。あの日から僕は小さな身の回りのことにもきちんと感動して生きていこう、感動できる心をいつも大切にしていこう、そう思っていたはずなのですが、2011年という1年間は僕の心だけをどうもあの頃の僕同様、麻痺させていたようです。 ここ最近特に感じるのは、"どうしてこんな大切なことを今まで感動すらせずに通り過ぎて来たのだろう?"という疑問です。2011年は、僕はミュージシャンとしての自分を一度殺してしまおうと考えた年でした。そうせざるを得ない状況が目の前にあったのです。でも、それでも本当に大切なことは忘れてしまわずに生きてくることは出来たはず。それなのに・・・。 2011年で僕の肉体は以前と比べてかなり健康になりました。けれども、そんな目先のことに意識を奪われて、いつの間にか心は今日の空が美しい、なんて大切なことさえも感じることが出来なくなっていたのです。まるで、そんなことが世界にあるのだということを忘れてしまっているかのように。そう、言い換えるなら心だけ死んでいたのでしょう。 ここ最近、実はふとしたことで涙を流すことが多くなりました。だって世界はあまりにも美しくて、世界はあまりにも不幸で、世界はあまりにも幸せで、世界はあまりにも悲しくて、世界はあまりにも喜びに溢れて、それはもう自分の内からこみ上げてしまって溢れるのはただ涙になってしまうのです。僕は、作曲家として、創作者として、やっと生き返ることが出来たように感じます。 出来るのに将来の不安があるからやらない、なんてもう僕には一蹴に伏したいクソみたいな考え方に思えます。やれるのにやらない、なんて、まるで心が死んでいたときの僕みたいです。やれる今だからやるんですよ。他人に迷惑?責任?クソ喰らえ。ぶち壊すことが出来るなら、今やればいい。壊すことは次を創ることに繋がる。もちろん、そこには苦悩や苦痛は伴うけれど。 2012年1月27日から10日間、カリフォルニアに単身行ってきます。持ち物は下着の着替えとエレキベース、そして今まで書きためた曲のスケッチだけ。世界の扉が目の前にあったとしても、それを踏ん張って全身の力を込めて押し開けるのは、自分以外の何者でもあるはずがないのです。そんなことは当たり前です。誰かが開けてくれる扉なんてない。扉というものは自分が開けるもの。だから、僕は大学卒業後の自分の音楽活動を"SOUND GATE"と名付けたのです。 さあ、目の前に扉があることを、僕はようやっと気づくことが出来ました。さて、ここからはそれをどうやって開くかです。もう心は完全に黄泉返りました。向こうの世界を見てきた分だけ、自分の今いるこの世界を良く見えるようになったとも実感しています。人の心が、システマティックな生活によって死んでしまうことも知り、体験しました。カリフォルニアでの10日間は恐らく飛ぶように過ぎていくでしょうが、今もう一度アメリカ合衆国本土を訪れることは僕にとってとても意味のあることなのです。それは扉を開くための第一歩・・・。さて、いっちょやりますか。 by Alfred_61 | 2011-12-18 23:55 | 日記
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