Chinary Ung先生はどうやら僕が本気で作曲を習いたいタイプの先生のようです。もう60歳を超えたカンボジア人のこの先生、まだ20代前半の日本人である僕を思いの外深くに理解してくれ、これから何をするべきなのかを正しく導いてくれる人であるとほとんど確信しています。 今日は夕食を先生と市内の中華料理屋でとり、やはりその席で掘り下げた作曲の話になりました。今学期はこれで何度も先生と一日中作曲について喋る機会を持ちましたが、今日はいくつも嬉しい言葉を貰いました。一つに、僕は作曲家の卵として、現在畑を耕し終えてしっかり肥料を巻き終えた状態であると先生は言いました。これからは種を蒔き、それらが実っていつか森になるのを待つだけだと。 やっと作曲家として本当にオリジナルなものを書き始めた今になって、この言葉は何よりも嬉しい栄誉でした。そしてこれから何をすればいいのか、それもはっきり示して貰ったのです。なんだかんだ言って肩書きに傾倒しがちなこの世界ですが、こりゃあ本気でカリフォルニア大学サンディエゴ校へ行ってウング先生に習うのが、僕が作曲家としてより高みへ昇ることに繋がりそうです。 『海からの手紙』の初演(演奏会形式での発表という意味で)は来週の土曜日です。この曲がとうとうぶちこわしたジャンルの壁、そしてジャンルなんかには書き換えられない僕なりの音楽表現がとうとう社会に出ることになります。僕を取り巻く社会が僕に望む、もしくは期待する音楽とは全く違うこの曲、色々な意味で僕には重要な曲になります。きっと学校の教授はこの曲を問題扱いするでしょう。しかし、僕はこの曲を明日ウング先生に見せるつもりです。さて、これで先生が僕の音楽を知り、どういう意見をくれるのか、これは一種の挑戦です。もしウング先生がこの曲を理解し、さらに僕の独自の世界へ進む後押しをしてくれるなら、もはやこの先生に習う他に僕が成長する道はないでしょう。 "Lacrimosa"は順調に進んでいます。サンドストロム先生との充実した二年間を締めくくるにふさわしい曲になりそうです。インディアナ大学という学校へ来て、すべてが始まりました。僕がここまで来たのはこの学校なしには語れません。あと一年ありますが、学ぶべきことはほとんど学べたと思います。後の一年は恩返しのつもりで、先生方をアッと言わせるような曲をいくつか残していこうと思っています。その先に何があっても、ここで過ごした時間は心から感謝できるものでしたし、一生忘れることはないでしょう。確かな未来なんて無いものですが、もしウング先生につくことになれば、きっと何か大きなことが出来る作曲家になれる、そんな気がします。
by Alfred_61
| 2006-04-12 14:23
| 日記
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