僕は中学生の頃から友達と集まって酒を飲みながら麻雀をするのがとても好きでした。アメリカに来るまでバンド仲間や知り合いのバンドメンバーなんかと朝が来るまで良く打ったものです。で、アメリカではもちろん麻雀のルールさえ知っている人間もいないので、インターネット対戦の麻雀ゲームをやるようになったのです。 それが、今からちょうど一ヶ月くらい前でしょうか、突然いつもアクセスしていたメインページが404になっていたのです。あれ?なんかあったのかなと思って色々調べてみると、何とそのゲームの制作者で管理人だった人が40代だったか若して突然亡くなったという情報が見つかりました。 僕としてはゲームだけでお世話になっていたワケでそんなに個人的な感情はないのですが、何よりも気になったのはかなり有名になって利用者もとんでもない数になっているその麻雀ゲームを一体どうするんだろうということでした。結果的には今制作者の知り合いが継続して運営しているのですが、どうもその制作者は亡くなる前にそのゲームをどうして欲しいという遺言は残していなかったようです。言わば、そのゲームはその制作者の作品であって、それをこれからどう扱っていくのかは、残された人たちにとっては大きな問題だったでしょう。 例えば、僕が飛行機事故で突然死んだとします。そうなったら、一体誰が僕の残した作品をどう扱って行くのでしょうか。歴史上では、例えばシューベルトは死ぬときに未発表の曲をどうしろとかいうことは全く残しませんでした。結果シューベルトの弟が残されたオーケストラ曲などの出版に奔走するのですが、ロベルト・シューマンがそれを見つけるまではもう消えていくしかないような状態だったのです。 よくよく考えてみれば、商業音楽を書いていて突然死んだら、きっと作品なんて全部切り捨てられてさっさと代わりの商業作曲家が雇われるんでしょうね。確かに生きている間は商業界での成功はその人に恵みを与えるかもしれませんが、芸術家としてそういう生き方をするということは同時に儚さも持っているのですね。さすがに菅野よう子くらいになったら作品も多少は残るでしょうが、ここでやっぱり問題が生じるんですね。それが以前彼女のインタビューにあった「オリジナルを発表することはするつもりがない」ということです。つまり、彼女の作品は後世に残そうとしても、それぞれが特定の目的のために作られているため、例えばX-JAPANの曲が未だに色々なところで聴かれたり演奏されたりするような扱いは受けないだろうと思われるのです。 少しずつ、こうやって僕がこれからするべきことが導き出されて来た気がします。僕の音楽は完全オリジナル。スタイルも完全オリジナル。ならばこれから進む道もオリジナルで、例え突然死んでも後世に作品がしっかり再認識されて、僕の音楽が生き続けるように、これから活動して行くべきだなと思うわけです。
by Alfred_61
| 2006-11-20 05:32
| 日記
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