音楽は小説でも絵画でもなく、歌詞を取り除いてしまったインストゥルメンタル曲においてはその曲の背景に一体どういう意味やメッセージが込められているのか、社会のすべての人が一様に一つの答えを理解することは出来ません。それは音楽特有の抽象性であり、そこがこの芸術形態の面白いところだと僕は思っています。 もしかしたら、そのピアノ曲はお互いを愛していたのに運命の悪戯で離ればなれになってしまった恋人が彼方の人を想うという物語が込められているのかもしれません。けれども、本当にその曲にそういう物語が込められているのかというのは、作った人が何も言わずに死んだりすると最早誰にも分からなくなってしまうのです。 例えば、僕は自分の曲にこれらの物語を込めたことがあります。若くして恋人の元から天国へと旅立った少年が海の彼方から一方通行の手紙を書く、とか肩肘を張って一生懸命生きる毎日の中でふと少女が少年に「もし明日が晴れなら、海を見に行こう」と誘い、その言葉で少年の心が突然晴れた青空のように開ける、とか。でも、そういう物語って、僕がこの曲がこうだと説明しない限りは人々に知られることはないのです。 今までクラッシックの曲ばかりを書いてきて、極力自分の曲の背景を語ることは避けてきました。だって、受け取る人によって無数の色に変化するのがクラッシックの特徴ですし、僕はそれを理想として今まで曲を書いてきたのですから。けれども、これからはロックバンドの曲を多く書いていくことになります。その上では背景がクリアに見えるということが非常に大事になってきます。 けれども、そこが僕が僕らしくあるポイントの一つになるのです。僕は歌詞ですべてを表現しません。時には全く意味を持たない歌詞を使うことも念頭に入れています。僕の音楽表現は、受け取る側によって七色に変化するものを理想とします。場合によれば、僕の曲を聴いたことのある人がいざ死の床にあってやっと僕のメッセージを理解できるようなものも積極的に書いていくつもりです。もちろん、そういうものは若く元気な人々には理解しづらいかもしれませんが、そういう人たちにはまた違う意味に聞こえるように曲を書いていけたら最高です。 でも、究極的に不偏なることは、僕は常に物語のある音楽を書いているということです。僕は今まで一度たりとも物語のない音楽を書いたことはありません。そして、これからもそれは続けていきます。僕の物語は聴く人一人一人の物語であり、そしてすべてであります。
by Alfred_61
| 2007-01-09 05:14
| 日記
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