最近とにかく眠いです。もちろん季候が良くなって来たせいもありますが、なんだか疲れが抜けなくなってきている感が強いです。腰痛が再発しつつあり、どうにも体が動かない感じもありますし、そういう体の気怠さに伴って気分もあまり乗らない日々をこの二週間ほどおくっています。う~ん、最近週末ごとにやっている銀行の仕事で王将ばっかり食べているからでしょうかね・・・確かにここしばらくジャンクフードばっかり食べている気がします。 金曜日に行った国際ビール祭りは非常に面白く、美味しいものでした。特に僕が気に入ったのは箕面ビール。これはなかなか世界に誇ってもいい大阪の味じゃないかと思いました。ただ、どうでしょうか、"ビールを喉で飲む"日本人には分からない深みのある味、とも思えました。室温で飲みたい感じの、ヨーロッパっぽいビールでした。でもやっぱり産地が近いせいもあってフレッシュ感がとても良かったです。今度はこのビールを出すお店にでも行ってみようかと思っています。 唐突ですが、僕は"技を誇る"ことと"技を共有する"ことは別物だと思います。ビールが美味しい、何々賞を取ったことのあるビールだ、どうだすごいだろう、というのが"技を誇る"ことですよね。"技を共有する"のは、何々賞を取ったことのあるビールです、どうぞ美味しく召し上がってください、でしょう。誰々よりも上に立つとか、ベター、ワースの話ははっきり言ってエンターテイナーにはどうでも良いことですよね。その手の話をしてくる人は、その時点で僕はエンターテイナーのカテゴリーから除外して応対します。もっと言うと、はっきり言って僕は誇る方の人とは関わりたくありません。 ビール祭りで、おそらくは中国相手の貿易会社を経営されている白髪の壮年男性に会いました。僕はビール祭りにはイギリス人のマシューと行っていたので、ずっと英語ばかり喋っていました。そんな僕たちの前にいたその男性は僕たちの会話をそれとなく聞いていたようで、さりげなく話に加わってきました。でも、いざ話が進むとやれ英検一級のヤツなんて使い物にならないとか、英語が喋れるというならこの日本語訳してみろ、とか、そういうことを僕とマシューに言ってきました。 例えば、マシューは"鰆"(さわら)という魚を意味する英単語を知りません。だって、マシューがネイティヴだろうがロンドンの大学で英語科を出ていようが、そんな単語は日本に来るまで聞いたこともなければ使うこともなかったのです。ネイティヴ=その言語において完璧、なんて根も葉もない思いこみであることは、国際社会では当たり前のことです。大体、"鰆"という単語を英語でズバッと言えることよりも、一生に一度も使ったことのないその対象物をどう相手に伝えるかということの方が大事ですよね。 言語においてもっとも大事なのは論文を書けたり速く喋れたりたくさんの単語を知っていることではなく、相手とコミュニケーションをとれるかどうかです。ろくに喋れなくてもコミュニケーションをとれる人のほうが、綺麗で間違いのない言語をハイレベルなイントネーションや構文で喋る割に相手に伝えるべき自分の意志や意見が欠如している人よりも、国際社会で成功します。まあ、当たり前なんですけどね。 音楽でも同じ。もっとも大事なのは相手に自分の音楽を伝えることで、相手から尊敬を受けることや自分の技を誇ることではありません。音楽大学を主席で出たエリートよりも、何も知らないアマチュアの方が良い曲を書く場合があるのはそういうことです。いや、エリートであるほどプライドや立場に固執するので、はっきり言ってエリートになればなるほど良い曲は書けなくなります。 そう、つまり僕たちエンターテイナーの仕事は"技を共有する"ことであり、決して誇ることではないのです。もっとかみ砕いて言えば、自分のできる高等技術を人々に伝えることができないということは、つまりその人はエンターテイナーとして出来損ないだということです。高等技術を身につけるだけなら、はっきり言って猫でもできます。でも、それを万人に伝えることができるかは、一流と凡人の境界線です。前に書きましたが、クラッシックファンには熱狂的に支持されるのに東大阪市在住のオバチャンには理解されない、というのは僕はどう聞いても二流にしか思えないのです。いや、東大阪市在住のオバチャンたちは侮れないですよ。だってオバチャン方は分からないものはいくら社会的に認められてても偉い人が推薦してても「分からんわ」って言いますからね。 僕は英語が喋れることを人に誇ったことはありません。(実際今も全然英語と関係のない仕事してますしねぇ・・・。)マシューは自分が10年以上日本で暮らしていることを自慢したことはありません。だって、そんなことどうでも良いじゃないですか。マシューが今日本に住んでいて、僕は英語が喋れるから二人でよくつるんでいる、というだけの話です。人としてお互いにコミュニケーションを取る上でわくわくさせられるからお互い友達なだけで、僕はマシューがネイティヴだからと下から見たこともありませんし、マシューも僕が英語を喋ることを褒めたこともありません。僕たちのポイントは"共有"ですからね。"鰆"を英語で言えないからといって僕が男マシューに対して見方を変えることはありません。資格や特殊技術は誇るものではなく、共有するものです。
by Alfred_61
| 2007-10-14 23:01
| 日記
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