昨日から降り続いていた雨が今朝上がり、お昼頃にはすっかり太陽が顔を出す天気でした。雨の後の空気は本当に澄んでいて、吸い込むだけでまさに美味と感じられるものでした。特に今日は朝に神戸まで行っていて午後には大阪の東の果てまで行っていたので、澄み切った空気の向こうに緑鮮やかに浮かぶ山を見ることが出来ました。 昨日の話の続きではないですが、まず僕が思ったのは、きっと10年前の僕ならばこれだけ鮮やかな景色を毎日見て生きていたんだろうなと、そう思いました。アメリカで勉強しすぎたこともあり、ここ数年で僕の視力は半分以下に低下し、今は車に乗る時には眼鏡をしないと乗れないほどになってしまいました。過去の自分はそういう鮮やかな世界の中で生きていたのに、今の僕には世界は滲み、澱んで見えているのです。今の僕に出来て、10年前の僕に出来たことがそれだけでもいくつ思いつくでしょうか。 夕焼け空を見上げてみると、雲が二重になってゆっくりと進んでいました。高い高い所を鱗のような雲が、そして低いところを柔らかそうな綿飴のような雲が進んでいました。あの雲と雲の間に不思議な空間があることを、僕は今までに乗った飛行機の経験から知っていました。だから、その二重の雲が違う速さで進んでいくのを見つめながら、その間にある空間を想像して、その空間にあるだろう澄んだ空気を思い切り吸い込むように深呼吸しました。もちろん吸い込んだのは地上の空気でしたが、そんなことを思い描くことで僕の胸は一杯になりました。 今見ている空も、もう一生同じものを見ることはできないのだと考えると、不思議に哀愁が感じられました。明日にはまた明日の空がここには広がり、それはまた明日という時間にしか見ることが出来ない空なのだなと考えると、また心がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えました。自分の人生もそうやって一日ずつ変化を繰り返しながら進んでいき、そしていつか終わるのです。自分の世界が終わるとき、それを僕はどういう形で迎えるのか、そんなことを考えたりもしました。 いずれ、自分の世界に終わりは来るのです。その時に自分が本当に後悔なく感じられることを今しようと考えると、依頼を受けた作曲に対して依頼料を貰うことや、音響ビジネスの金銭的な成功を望むことなんて、本当に意味のないちっぽけなものに思えました。自分にはそんなこととは遙か比べものにならない価値観の所にどうしても譲ることの出来ない理想があって、やはり僕は今もそれを追い求めて生きているのです。今を生きることや、地位やお金を得ることや、色んな人に認められることなんて、その理想に比べれば本当に矮小な意味しか僕の中では持たないのです。 今も、これからも、僕は理想を求めて生きていきます。いずれそう遠くない未来に僕の世界は終わりを迎えるわけで、少なくともそれまでは僕は自分の信じた理想を追い続けようと、そう澄んだ空に浮かぶ緑が萌える山に思いました。誰かに認められることではなくて、僕はやはりどこまでも自分の理想を追うべきなのだと、そう思えたのです。もしも理想が思いの外早くに叶うなら、その時は、僕はそれ以上生きることを望みません。自分の意志ででも、この命を神様に返そうと、そう思います。
by Alfred_61
| 2008-05-12 01:47
| 日記
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