予定された未来なんて世の中には存在しないと僕は思っています。何月何日何時にどこどこで会いましょうとアポイントを取っても、それが必ずしも実現するかどうかが決まるわけではありません。それまでの時間に何が起こるかなんて人間にはどうすることも出来ないのですから。 いつか花が咲くだろう、と希望をはせることは個人の自由です。ただ、僕は今上手くいっていることが突然上手くいかなくなったりしても、それは元々世界の構造がそうなのですからなんの問題もなく納得出来ます。仲良くしていた友人から突然絶縁を言い渡されたり、あと少しで完成する共同作品のコラボ相手から突然止めようと言われたり、そんなことは僕の人生では珍しいことでもなんでもありませんでした。 突然職を失って路頭に迷う、突然家が火事になって大きな負債を抱える、突然不治の病が自分の身体の内部に見つかる、まあ考え始めるとそんな未来はいくつでも想像できるわけです。でも、だから自分が不幸になる必要はないと僕は思います。だっていつでも誰でも未来に何が起こるのかは分からないわけで、そこに必ず今日と変わらない幸せがある、なんてことを"思いこむ"ことは愚かなことだと僕は自分の人生で考え、それを決してしないように自分を常に戒めています。希望を持つことと思いこむことは全く別物です。 まだ中之島バラ園でヴァイオリンを弾いていると、風で手がかじかみます。もう少し暖かくなるのを自宅で練習しながら待つつもりです。そもそも、初夏と呼ばれる季節までは表では少々キツイですね。指が寒くて動きませんし、音楽にも集中出来ません。 しがらみが無くなれば、そこからの未来はまた僕の自由に作り始められるわけです。終わることは恐れることでもなんでもなく、ただ次へ進むためのチャンスでしかありません。自分が積み上げてきたものは、いつか思い切り根底からぶち壊さないと、自分は次の世界へ進むことは出来ません。 人間には、時計の針を戻すことは出来ません。運命や未来という不確定なものに干渉することも出来ません。ただ、時計の針を進めることだけは出来ます。自分から、一歩進んで未来を生きることは出来るのです。そこは不確定だらけの足場がない自由な世界です。何でも出来る代わりに、何にも頼ることは出来ません。しかも、運命や未来は自分が望んだようには決まっていくものではありません。でも、人は自分の意志でそこへ向かって今自分が立っている場所から一歩進むことは出来るのです。 僕には恐らく、たたき壊さなければいけない自分が積み上げてきたものがいくつかあります。さて、時計の針を進めるなら、どれくらい進めましょうかね。何が起こるか、楽しみです。
by Alfred_61
| 2012-04-19 23:55
| 日記
|
ファン申請 |
||